<タムラ堂だより>         20209月発行

 

夜の木通信

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<本通信は『夜の木』(9刷)の特別付録です>

コロナ時代と「夜の木」

新型コロナが猛威を振るう南インドから

『夜の木』の重版が届いた!

 

今回の表紙は、ドゥルガー・バーイーが描くキルサリの木。私たちを取り囲み、どこにいてもまもってくるという木。まさに今の時代にぴったりだ。バーイーさんのちょっとユーモラスで優しい雰囲気の絵に心が和む。日本語版オリジナルの表紙である。

この表紙の9刷が新型コロナ感染拡大が深刻なインドの地で製作され、チェンナイ港からシンガポールを経由して東京港まで船でやってきたということ自体何だか不思議な気がする。

 

しばらく在庫切れとなっていた『夜の木』の重版を待ち望む声が多く寄せられていた。できるだけ早い時期に重版したいという思いはあったが、細々と活動を続けている個人出版社としては、すぐに重版をかける余裕はない。いつも通りゆっくりやるしかない。

 

それと、タラブックスの印刷・製本工房AMMスクリーンズの作業状況の事情もある。工房の規模を決して拡大せず、丁寧な仕事で高品質をキープするという彼らの方針にはいつも頭が下がる。一方、効率を優先しない分、スケジュールの調整が難しい面もある。

『夜の木』の場合は、まずは例の黒い紙の手配から始まる。紙を作るところから本づくりがスタートするのだ。南インドのエロードという町の製紙工房で、黒い綿布を原料として漉いて黒い紙を作る。丁寧な手作業によって独特の風合いの紙が出来上がるのだ。

 

その紙がAMMスクリーンズの工房に届くと、印刷作業が開始される。手刷りのシルクスクリーン印刷も手製本も人の手によって仕上げられていく。つまり、この本には、出来上がるまでのゆったりした時の流れと、人の手のぬくもりが込められているのだ。だから慌ててはいけない。それがこの本に対する敬意だと思っている。

さて、『夜の木』の重版(9刷)は、タムラ堂としては、実は今年の6月頃に販売したいと思っていた。タラブックスに相談したら、あいにく工房の作業が立て込んでいて、出来上がるのはこちらの希望より2~3か月後になりそうだという。つまり日本に届くのは8月ころになりそうとのこと。もちろん早いに越したことはないが、「それでOK!」と返事をした。その時は、その後しばらくして世の中がひっくり返るような事態が起こるとは思いもよらなかった。

 

最初インドでは新型コロナウィルス感染者や死者はあまり出ていないということだったが、あれよあれよという間に米国、ブラジルに次いで世界第3位の感染者数と死者数となっていた。タラブックスのある南インド、タミール・ナドゥ州の州都チェンナイでも感染が激しく拡大し、ロックダウンが繰り返された。タラブックスのオフィスビルも閉鎖され、スタッフたちは皆、自宅でリモートワーク勤務をしていた。

 

そんな中で『夜の木』の重版はどうなってしまうのか。おそるおそる製作部門の責任者アルムガム氏に問い合わせた。「なんとかスケジュールに間に合わせるように今頑張っているよ」と驚くべき返事が来た。彼の人懐っこい笑顔が目に浮かぶようなメールだった。

チェンナイ郊外のAMMスクリーンズの工房にはロックダウンでも半数くらいの職人たちが残っているとのことだった。共同体のような工房だからこそそんなことが出来るのか。自分の村に帰った職人たちはすぐには工房にもどってこられないが、そのうち復帰できるだろうという。「アルムガムができると言えばできる」 と以前タラブックスの代表のギータさんが笑いながら言っていたのを思い出した。果たして今回はどうだろう。当時インドでの感染はさらに拡大していた。

その後、なんと!工房での作業は無事完了し、チェンナイ港での船積みも終わったという嬉しい連絡が来た。予定よりわずか半月程度遅れただけだった。

 

このコロナ禍の時代に、はるばるインドの地から届いた『夜の木』に何か特別な意味があるとすれば、この本が私たちの不安な心をその大きな力で静かに優しく包みこんでくれることかもしれない。

コロナが猛威を振るう中でこの本を製作し、日本まで無事届けてくれた人たちに感謝したい。 (MT

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 「夜の木」が放つ不思議な力について

                             青木恵都

 

私たちの日常が新しい感染症で占められ、人々はそのことを中心に生活している。既に慣れてしまっている感もあるが、やはり不自由なことに変わりはない。

それでも『夜の木』(9刷)は出来上がり、今、ここにある。この感覚は身に覚えがある、と考えてみれば、2011年の東日本大震災時に味わったものだった。あの時も、自分が危機にさらされているという不安と、い

 

 

やもっと大変な人々がいるから、何か役に立てることがないだろうか、という気持ちがせめぎ合い、それが強い動機となって『夜の木』日本語版出版に踏み切ったのであった。そういう意味では『夜の木』は危機と強い関連があるのかもしれない。

さて、今回9刷を刊行するにあたって、コロナ禍の日本にこの本が貢献できるとしたら、それは何か?と思いを巡らせてみた。原因のわからない焦燥感を和らげるためには、ひとまず心を落ち着ける必要がある。取り敢えず本を読んで、ざわざわとした心を平穏に保つことは大いなる救いになるだろう。古来、人間に親しいものである木についての話が収められている『夜の木』を読むと、生々しい現実をひととき離れて、自然や人間を見つめ直すヒントをたくさん見つけることができる。

 

『夜の木』中の数々の物語のうちで、今の私たちにとって最も示唆に富んだものと言ったら「闇夜に光る木」を置いて他にないのではないか。この話は、群れから離れてしまったお母さん牛を探して、牛飼いと仔牛が途方に暮れながら彷徨っているシーンから始まる。優しいほたるが「お母さん牛を見つけて上げられるかもしれないから、わたしについていらっしゃい」と言って森の奥に案内してくれる。そこにはセンバルの木がそびえ、無数のほたるが枝と言う枝にとまり宝石のように光り輝いている。木の根元にはお母さん牛がうずくまり、静かにやすんでいた。

それ以来センバルの木には親切な精霊がすんでいると言われるようになる。物語は、森で迷子になったならセンバルの木を探せばいいのですよ、と結ばれている。センバルの木は、大海原で灯台が船乗りを守るように、森にやって来る生き物を守護神のように護る。

 

 窮地に陥った私たちも、心の中でセンバルの木を求めている。そして、誰でもセンバルの木を心に持っているのかもしれないが、普段はその存在は忘れられている。いざ困り果てると、私たちは「助けて!」とばかり、センバルの木を探し求める。実に虫がいい話だ。センバルの木はそんな時も、おろおろしている私たちに、慈悲深い心からあふれ出す愛を惜しみなく与えてくれる。

 

 「闇夜に光る木」を読み返すたびに心が温かくなるのは、「困ったときはいつでもいらっしゃい」と語りかけてくれるほたるのいる木のぬくもりに触れるからだろう。新型コロナウィルスにピリピリとして、世の中が殺伐としている時に、乾いた心を潤す甘露を差し出してくれる木は、私たちにとって人生の救世主だ。

そして、私たちも「闇夜に光る木」を読んで救われた気持ちになったら、その恩返しをしなくては、と切に思う。私たちもまた、世の人々にとってのほたるになり「センバルの木」へと導くことができれば、と願っている。 (あおき けいと 翻訳家)

 

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「夜の木」に導かれて 2019/2020

 

ここで、8刷発行(20197月)以降の「夜の木」関連の歩みを少し記しておこうと思う。さまざまな嬉しい出来事があった。

2019625日(~818日)には京都の細見美術館で 「世界を変える美しい本-インド・タララブックスの挑戦」が開催され、タラブックス代表のギータ・ウルフさんが来日した。2017年末東京板橋区立美術館からスタートした巡回展であり、連日満員の盛況ぶりであった。本を巡る人との出会いはまことに楽しく、ワクワクすることこの上なかった。その後、展示は福岡で大好評のうち終了した。

 

 2019年秋には、銀座の資生堂ビル内の「SHISEIDO THE TABLES」というおしゃれなスペースにおいてトーク・イベント(Beauty Reading Books 『夜の木』)が続けて二度も催された。

 

パート1 (10/23)として、たまたま別件で来日していたタラブックスの製作責任者のMr.Aことアルムガム氏をゲストにお招きしてタムラ堂とのトークが開催された。彼がインドの工房から持参したシルクスクリーンの小ぶりの印刷機をお客様にお見せしながらの楽しいトークであった。

 

パート2 (11/9)は、女優の石橋静河さんをゲストにお迎えして『夜の木』の朗読会。その後タムラ堂(田村実&青木恵都)がトークをさせて頂いた。朗読イベントというのは初めての試みであったが、石橋さんの可愛らしい中にも落ち着きを感じさせる朗読は、心の奥に沁み渡る素晴らしさであった。石田紫織さんのタブラの演奏が朗読に寄り添い、こちらも耳の快楽として、その場を大いに盛り上げた。同時に『夜の木』の各場面が大スクリーンに映し出され、目と耳とそして全感覚で本を楽しむという贅沢な時間が繰り広げられた。

 

 

 201911月には、タムラ堂の倉庫も併設している東京の西にある古い蔵をリノベーションし、蔵ギャラリーlakura(らくら)としてオープン。Kailasの松岡宏大さん、野瀬奈津子さんの協力を得て『夜の木』を中心にさらに広がりのある展示を行った(「夜の木」の方へ)。幸い、好評を持って迎えられた。近所の方だけでなく、遠路はるばる来てくださった初対面の方も数多くいらっしゃった。館内に展示されているバッジュ・シャームの大きな原画を前に、テーブルでお茶を飲みながら談笑すると言った場面が、毎週末繰り広げられた。季節が晩秋から冬に移り変わる時期であったために、蔵の前にある大木は週ごとに様相をかえて行き、皆の目を楽しませた。 

 

このような楽しいイベントがしばらく開けそうもないことは、とても残念だが、いつかまたきっと何かの機会があると思う。それまで心の中で『夜の木』の神話的世界を巡り、想像の翼を拡げていただければ幸いである。 (KA

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最近、以下のようなメディア(雑誌)で「夜の木」などタムラ堂の出版物を取り上げていただきました。

熱風」(ジブリ発行) (2019/ 8) <インド・タラブックスの挑戦>

東京人422(2020/2)<惚れた絵本>

Casa BRUTUS (2020/9) <大人も読みたい こどもの本100>

 

 

「夜の木」通信のバックナンバーは、タムラ堂のHPUPされています。