<タムラ堂だより>         20185月発行

 

夜の木通信

                             No. 6

 

  

180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-32-5

Tel. 0422-49-3964   http://www.tamura-do.com

 

  

<本通信は『夜の木』(7刷)の特別付録です>

ターラー・ブックスがやって来た!

 

 今回の「夜の木」通信は、2017年11月に東京の板橋区立美術館でのターラー・ブックス(タラブックス)の展覧会のためにインドから来日したふたりのギータさんと旧交を温め、親しく交流をした翻訳家の青木恵都さんのレポートです。

201711月はターラー・ブックス(タラブックスと表記されることが多いが、タムラ堂はターラー・ブックスと表記している)が日本において、にわかに注目を集めた記念すべき時であった。

2012年にタムラ堂が『夜の木』を刊行してから5年余りの月日が流れていた。そして、ここにきて、あちらこちらのターラー・ブックスに注目する人々の力が一つにまとまったような感があった。

 

 タムラ堂の『夜の木』はすでに6刷を迎えていた。新たに3冊目のハンドメイド・ブックの新刊『太陽と月』を2017年夏に刊行すると、ほぼ同時期に、『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐ本を作る』という書籍が玄光社から出版された。丁寧な取材を重ねて実現した画期的な本だ。そして11月に板橋区立美術館では『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』展が始まったのだ。

思えば2007年の3月にボローニャのブックフェアで『夜の木』の原書(The Night Life of Trees)と出会ってから10年が経過していた。その間に日本では東日本大震災が起きていたし、他にも多くの社会的変化があった。

そうした期間に、散らばっていたターラー・ブックスへの関心が期せずして一つのところに集中した、そんな感想を持ってしまうほど『世界を変える美しい本』展は熱気を持って迎えられた。どのくらいのお客様が足を運んでくださるか、と固唾を呑んで見守っていた関係者の心配を、状況は軽々と超えたのだ。新聞やメディアに取り上げられたことも大きく影響しているかもしれない。しかし、これはターラー・ブックスという出版社の独自性、そして彼らの出版する本が持つ力、さらには「出版社」を超えた運動体とも言うべき生き生きした活動の故だと思う。  

なお、この展覧会は巡回をする予定とのこと。見逃した方は、ぜひチェックを。

ターラー・ブックスの代表のギータ・ヴォルフさん(以下ギータ)と編集責任者のV・ギータさん(以下V.ギータ)がそろって来日し、あちこちで、本のこと、美術館の展示のことを分かり易い言葉で語ってくれた。トーク・イベント等に参加されて、直に彼女たちの話をお聴きになった方も数多いことと思う。トークの中で、代表のギータは、注目されているハンドメイド・ブックを始めたのは、半ば偶然だったというエピソードをとても楽しそうに語っていた。

それは、ターラー・ブックスを立ち上げ、フランクフルト・ブックフェアに初めて参加したときのこと。携えた急ごしらえの手刷りの数ページの見本から始まったという。当時、見本刷りを作るには手刷りが一番早くて安上がりの方法だったのだ。カナダの出版社がその本(「はらぺこライオン」)を気に入り、初めての注文をくれた。ただ、見本と同じシルクスクリーン印刷で作るという条件で。部数は8,000部。大喜びしたギータであったが、ブックフェアの会場のエスカレーターで2階から1階に移動するうちに、できるかしら、という不安が心を占めた。しかし、何とかねじり鉢巻きでその8,000部を仕上げた。大量のインクを練るのにクリケットのバットを使ったとか。なんともインドらしい話だ。以後はハンドメイド・ブックがターラー・ブックスの看板となる。聞いた人は誰もが、へー、と思ってしまう。でも、仕事ってそんな風に運命みたいなもので決まるのかもしれない。

 また、ギータはハンドメイド・ブックだけがターラー・ブックスの本ではなく、オフセット印刷の本も多数作っていることを強調していた。その方が安価で販売できるから、多くの人に届けられると。手作りの本は美しくて価値がある、という思い込みには捉われず、臨機応変に良い手法を選び取る知性は見倣いたいものだ。

ターラー・ブックスの特色のひとつに、少数民族のアーティストとの本づくりがある。ターラー・ブックスが始める前は、こうしたアーティスト達との本づくりは考えられなかった。そもそも、民族アーティストの絵は印刷されるものではなかったのだ。だから、彼らと本を作る仕事の困難さは、容易に想像できる。

ギータは、講演や小規模のトークで、そうした民族アーティストとの仕事で、何より大切にしているのは対話だと言っていた。お互いの 考えていることを理解し合うこと、信頼関係を築き上げることが何より重要だと。私たちも重々承知しているが、これは並大抵のことでは実現できない。辛抱強く対話すること、相手の言うことに注意深く耳を傾けることからしか生まれないだろう。そして違いを尊重する。時間に追われる毎日を送っていると忘れがちなことを、再度、ギータから促された気がした。

板橋の展覧会を訪れた多くの人が、「ターラー・ブックスはなんて素敵な会社なんだろう」とあこがれを抱いたようだ。会場に設けられたスクリーンで流されているふたりのギータのインタビューや展示の解説などから、ターラー・ブックスのコンセプトが伝わってきたからだろう。

ターラー・ブックスは小さい会社であることを、進んで選んでいる。スタッフ同士のコミュニケーションが円滑でないと、仕事がうまく運ばないと知っているからだ。大切なのは、たくさんのお金を儲けることではなく、みんなが誇りを持って働けること。印刷職人からブック・デザイナーに至るまで、自分が価値あるターラー・ブックスの本を作っていることを自覚することから、良い結果が生まれるのだと主張する。印刷部門のまとめ役のアルムガムさんからも、そういう話は聞いたことがある。仕事が好きで、楽しめなくては意味がないと。そのために上司は工夫し、部下と対話する。確かに理想的な会社だ。

さて『世界を変える美しい本』展のために来日したふたりのギータは、美術館にほど近いゲストハウスに滞在し、毎日、美術館に出勤していた。ギータたちの元には、連日、来訪者が絶えなかったようである。近くの小、中学校の先生たち、そして勿論ジャーナリストたちが、訪れては、ふたりのギータとの対話を楽しんでいた。インタビューや取材も多数こなした。「私たち、ここでは有名人よ!」と嬉しそうにはしゃいでいた姿は、十代の少女のようだった。

 

また、滞在中、ショッピングも楽しみ、職人芸の光る木製のお皿を購入していた。私たちの地元の吉祥寺をご案内したが、ライフスタイル・ショップのOUTBOUNDであれこれ見ては、実に楽しそうに時間を過ごしていた。このお店は、2012年にタムラ堂が手さぐりで『夜の木』日本語版の初版を刊行した際に、すぐさま出版記念の展示会を催してくれた思い出の店だ。

 

ふたりは、次回、日本を訪れる際には街をブラブラしたいわ、と目を輝かせていた。日本の食べ物も大好きで、お蕎麦や、天ぷらなどに舌鼓を打ち、我が家で夕食会の際には、ちらし寿司、おでんを美味しそうに平らげていた。

 

東京の次には京都に回り、恵文社一乗寺店にて、矢萩多聞さんとのトークに参加した。アクティブなふたりである。京都のトークでも少数民族との仕事について興味深い話が繰り広げられた。こちらは規模も比較的小さかった。とは言え、恵文社に詰めかけたお客様たちの熱い思いは、東京のファンの方々のそれに引けを取らないパワーを持っていた。最後にターラー・ブックスのとてもお洒落なカタログ(右)が披露され、欲しい方が多数だったので、じゃんけんで旅立ち先が決められた。京都らしい、親密で遊びに満ちた夜であった。          

 

今回、行動を共にして、ふたりともとてもフレキシブルな精神の持ち主だと、再確認した。ギータは何より自由を愛する人だ。インドで会った時に「あなたはサリーを着ないの?」と尋ねたら、即座に「ノー!」という答えが返ってきた。新聞のインタビューでも、大人になったら、好きな服を着ると決めていたわ、と答えていた。ちなみに、南インドでは、ほとんどの女性はサリーを着用している。また、V・ギータの方はもともと歴史家でありながら、谷崎潤一郎の『細雪』を愛読する文学少女タイプだ。ギータをよくサポートしてビジネスの女房役を務めている。この、車の両輪のようなふたりがターラー・ブックスの世界的な躍進をこれからも実現して行くと思うと、ワクワクする。

ふたりのギータと話していて、私自身の翻訳についても考えさせられた。『夜の木』を出版するときに、英語版があるのに日本語版を出す意義があるのだろうかと考えた。確かに英語は読み書きできる人が多数いる。しかし、英語が得意な人ばかりではない。そして、英語で読むより読み易く、日本人のこころに響く文章を添えることができるなら、日本語版を作ることは大きな意味を持つ。そんな思いで翻訳に取り組んだ。

だから、英語を日本語に移すだけではなく、その含み持つ世界を表現できるように心がけた。ギータたちが、少数民族のアートを本という形にして多くの人々に届けたように、私たちも『夜の木』の日本語版を出版することによって、日本の多くの読者にこの美しい本を味わって欲しいと思っている。今回の7刷がまた新しい読者の元に届き、魅了するささやかな助けになればと切に願っている。

そして、この「夜の木」通信を執筆しているさなかに、『夜の木』や『世界のはじまり』の画家、バッジュ・シャーム氏がインドで芸術家に贈られる大変名誉ある賞、Padma Shri を受賞したという報せが入った。 Congratulations!!!                 

 青木恵都

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青木恵都(あおき・けいと) 

 

東京生まれ。上智大学大学院(フランス文学)修了。フランス語、フランス文学を大学で講じるかたわら、映画、音楽、ダンスなどのジャンルの通訳や翻訳(フランス語、英語)を手掛ける。訳書に『夜の木』『雪がふっている』『世界のはじまり』『太陽と月』(以上タムラ堂)、田村恵子の名で『天空の沈黙―音楽とは何か』『妙なるテンポ』(以上未知谷)、『ルイのうちゅうりょこう』(偕成社)など。