『夜の木』3刷の折込付録「夜の木」通信②をアップしました。

 

 

 

<タムラ堂だより>        20142月発行

 

夜の木通信

 

発行:タムラ堂

180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-32-5

Tel. 0422-49-3964   http://www.tamura-do.com

 

 「夜の木」に導かれて

 

  手探り状態で出版に踏み切った『夜の木』であったが、嬉しいことに

  次第に若木が大地に根を張り、枝を伸ばし、葉を茂らせつつある。

 

   2012年7月に出版してから3ヶ月後には在庫切れとなり、慌ててインドへ重版の発注をした。

 半年近くたって、2013年3月に届いた2刷も2ヶ月半後の5月末には品薄となった。

 そして、3刷が届くまでには、翌年 (2014)の2月まで約9ヶ月待たなければならなかった。

 

  インドでの制作は、紙を漉くところから始まり、全てが手作りである。

 また、雨季の間は、紙を作るには適していないため作業がはかどらないらしい。

 さらに、出来上がった本は、南インドのチェンナイ(旧マドラス)港で船積みされて

 はるばる東京港まで運ばれてくる。途中でシンガポールやらマレーシアの港で

 コンテナの積み替えがあったりもする。それに通関も必要だ。

  なにしろ時間がかかる。どうも、重版は、年に一度が限度のようだ。

 

 それにしても、実に、ゆったりとしたペースである。日々、時間に追われ、

慌しく暮らしている私たちにとって、なんだかほっとするような時間の流れ方だ。

 

 さて、『夜の木』はどのように育っているのだろう。

 

 初版発行直後の2012年8月に、東京・吉祥寺のOUTBOUNDという

インテリア雑貨のお店で『夜の木』の出版を記念して、

シルクスクリーン作品展を1ヶ月近く催してくれた。

書店でもなく、ギャラリーでもなく、質の高いインテリア雑貨を扱うお店で、

『夜の木』を展示、販売するという試みは、実にわくわくするものであった。

それは、人と本との新しい出合い方の提案でもあった。

 

 そして、2013年の3月、待望の2刷の発売に合わせて、

島根県松江市のアルトス・ブックストアーという素敵な本屋さんの熱意で、

松江での「夜の木」展が実現した。

 

 松江は、落ち着いた雰囲気の城下町で小泉八雲が住んでいた町だ。

出雲大社も近い。

『夜の木』の神話的な世界とどこかでつながっているような感じがした。

 

 2013年の1月には、南インドを旅する機会を得て、

『夜の木』の原出版社ターラー・ブックスや、手作業による印刷・製本の工房や

製紙工房などを訪ねることができた。実に貴重な体験だった。

その様子はタムラ堂のHPで見ていただきたい。こちら

 

  そのターラー・ブックスのギータ女史が2013年7月に来日した。

 板橋区立美術館の招きでの来日で、ワークショップと講演を行い、

 彼女の出版に対する情熱とセンス、その人柄に私たちは魅せられた。

 

  『夜の木』は、品切れで眠っている間にも、少しずつ育っていった。

 まさに、寝る子は育つ。品切れ中もタムラ堂には重版の問い合わせや、

 予約の希望がしばしば寄せられた。

 

 そんな中、2013年の11月末から3週間にわたり、

東京・西荻窪のギャラリー・トレトレで、ある展覧会が催された。

イギリスの陶芸家スティーブ・ハリソンさんの陶芸作品と

『夜の木』とのコラボレーション展示に、何人かのアーティストが

参加した不思議な展覧会だった。

『夜の木』の世界をさらに広げていく魅力的な企画であった。

 

  2014年は、3月中旬から5月初旬にかけて九州3か所(長崎、福岡、熊本)で

 「夜の木」展が企画されている。

 

  このように『夜の木』に導かれて、たくさんの素晴らしい出会いがあった。

 そして、『夜の木』は着実に成長している。日々、そう実感する。

 もしかしたら、いつの日か大樹になるかもしれない。親切な精霊が宿るセンバルのような木に。       

                                 (タムラ堂 田村実)     

 

 

 『夜の木』をめぐって

 

                               青木恵都

 

 

美しい本

 

 「わ、すてきなカード!」6年ほど前、2008年の春の事、ボローニャのブックフェアー会場で

知人からあるカードを見せてもらい、思わず感嘆の声をあげた。

 

 枝が複雑に絡み合う木を手刷りのシルクスクリーンで表したカードで、

一目見て惹きつけられた。知人によると、インドの手作りの本の中の一葉なのだという。

是非、本を見たいと思い、本の出版社のブースに足を運んだ。

特に知り合いがいたわけでもないが、木の本を見たいのですが、と申し出たところ、

こころよく見せてくれた。その本を翻訳するとは夢にも思わなかったが、

発するパワーに強く魅せられた。どのページを見ても、美しかったり、

ユーモラスだったり、様々な木を描いているシルクスクリーンの絵に呼応する

英語の文章が添えられ、飽きることがなかった。

 

 プリミティブな雰囲気なのに、都会的な味も湛えていて、バランスが

素晴らしいことに感心した。東京に持ち帰り、時々思い出したように見返しては

ため息をついていたが、ほんの偶然から翻訳を担当することになり、

にわかに身が引き締まる思いがした。取り掛かったその日から、

美しい本を損なってはならないと、嬉しさと緊張が相半ばする感情に

ずっと心を占められてきた。

 

 

 翻訳という因果な仕事

 

 『夜の木』の原題はThe Night Life of Trees という。直訳すれば「木々の夜の生活」

とでもなろうか。昼間は澄ました顔で森の中にいる木々が、夜の帳が降りる頃、

内に秘めた思いをそっと見せる。或いは、自分にまつわるエピソードを語る。

そんなシーンを想像した。木というものは不思議なパワーを備え、私たち人間は、

木に触れることで励ましや勇気を得る。

 

 今回、このエッセイを書くにあたって、どの絵が好きか考えてみたが、

全部好き、という結論に達した。本全体を通して見事に構成が成されていて、

全体として一つの宇宙を表現しているように思われるのだ。

冒頭のセンバルの木は、いわばプロローグであり、最後の12本の角の木は

エピローグの役割を果たし、その間に描かれている木々は、森の豊かさを象徴している。

 

 訳していて、難しかったのは何と言ってもプロローグである「闇夜に光る木」だった。

読者が最初に読む話なので、思わず引き込まれるような心地よいリズムと

言葉づかいを目指したかった。そう願えば願うほど、文章は硬くなり、

つまらないものになった。

あれこれ悩むうちに、自然に行こう、というある開き直りが生まれ、

何とか訳しとおすことができた。

 

 『夜の木』の中の「リスの夢」、「飲み過ぎにご用心」などユーモラスな話は

訳していてとても楽しかったし、中にはしみじみしてしまう話もあるが、

いずれも湿っぽくなり過ぎず、最後には、神話的な広がりを感じさせる

自然との融合が描かれている。

 

 

 仕事に厳しくも自由なターラー・ブックス

 

 『夜の木』を語る際に欠かせないのが、ターラー・ブックスのハンドメイド絵本の

印刷を手がけているAMMスクリーンズの仕事だ。スタッフはいずれも凄腕のプロ集団である。

また、出版元ターラー・ブックスの代表、ギータ・ウォルフ女史は、聡明で行動力があり

「できる女性」を絵に描いたような人物なのだが、昨夏来日した際に、

プライベートで数日ともに過ごす機会を得た折り、富士山観光を切望し、

お土産店では大量の富士山グッズを買い込むなど、実に普通の愛らしい女性であった。

車で富士の麓を走っていると、いたるところに富士の名を冠した商店やトラックを

見かけるが、嬉々としてシャッターを切るその姿を見て、

『夜の木』のミステリアスでありながら親しみ易い不思議な魅力の源がわかった気がした。

 

 さて、『夜の木』の魅力を言葉で伝えることは難しいのだが、一番好きなフレーズを

引用して、この短いエッセイを終わりたいと思う。

 

「もしあなたが森で迷子になったなら、黄金のように輝くセンバルの木を探せばいいのですよ」

 

 本書が混沌とした現代社会を照らす灯台とならんことを!               

 

 

         青木恵都 (あおきけいと)

         上智大学大学院修了。大学でフランス語、フランス文学を講じるかたわら、

         映画、音楽、美術、ダンスなどのジャンルで通訳、翻訳を手掛ける。

         訳書に『雪がふっている』(タムラ堂)、田村恵子の名で『天空の沈黙』、

         『妙なるテンポ』(ともに未知谷)、『ルイのうちゅうりょこう』(偕成社)などがある。