<タムラ堂だより>        20164月発行

 

夜の木通信

                             No. 4

発行 タムラ堂

 

180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-32-5

Tel. 0422-49-3964   http://www.tamura-do.com 

 

 

 

『夜の木』の制作過程に迫る

 ~手作り絵本(ハンドメイドブック)とは?~

 

 2012年に初版を発行した『夜の木』も今回でなんと5刷! 小部数ながらも、ほぼ年1回の重版は

年中行事のようになりつつある。毎回表紙の絵柄が変わるのも、最初は「そんなのあり?」と周囲か

らは半ばあきれられたが、今では楽しみにしてくださる方も多い。各版を収集している方もいるらしい。

今回の表紙は、「客人たちが帰る」の場面。夜の始まりを暗示するような夕焼け色の表紙は日本語

版オリジナルである。

 

 ここまで版を重ねることができたのは、この本を愛してくださる皆さまのおかげであると同時に、この

本自体が持っている「力」によるものであろう。「夜の木」通信でその力の秘密に少しでも触れること

ができたら幸いである。

 

 『夜の木』のオリジナル版(英語版)は、南インドのターラー・ブックスという小さな、そしてユニークな

出版社から出版されている。この出版社の活動は、今や世界中の本好きの間で注目されているが、

そのきっかけとなったのはThe Night Life of Trees (『夜の木』)2007)だ。この絵本を手にした人は、

そこに描かれた樹木にまつわる神秘的な世界に心を奪われ、そして何よりもこの本がすべてハンドメ

イド(手作り)であることに驚き、感動するに違いない。

 

それにしても、「ハンドメイド」とは一体どういうことなのか。手漉きの紙に、シルクスクリーン印刷で一枚

一枚手刷りし、それを手製本で一冊ずつ仕上げるのだという。商業出版物としては信じがたい作り方だ。

今回はそのプロセスについて、少し触れてみたい。

 

黒い紙の正体

 

 この絵本は全ページ黒いざらっとした不思議な手触りの紙が使われている。夜の闇を感じさせるこの

黒い紙こそが絵本『夜の木』の大きな魅力のひとつだ。しかし、この紙は、いったいどういうものなのだろう。

 

 通常の印刷物(オフセット)では、黒い地色は黒いインクで印刷される。ところが、『夜の木』の場合は、

黒く印刷されたものではない。黒い紙なのだ。

 

 現在使用されている紙に至るまでに、製紙工房でさまざまな試行錯誤があったようだ。以前は、ジュー

ト(麻)や綿の古布を主な原材料として紙を漉き、黒く染め、デンプンで滲み止めをしたものであった

(「『夜の木』についての覚書」p3参照)。当初は、ポンディシェリーという町の製紙工房、スリー・オーロビンド・

ハンドメイド・ペイパーで作られた紙を使っていた。

 

 現在は、南インドのエロードという町の製紙工房、Jothi Specialty Papers から紙を仕入れている。製法

も変化してきている。今回、ターラー・ブックスに確認したところ、最近では原材料としてジュートではなく

黒い木綿の端切れを用いているそうだ。ごみ等を取り除き、細かく刻み、水を加えながら粉砕(左下写真)。

さらに染料やデンプンやみょうばんなどを加え調整し、水で薄めて攪拌。それを漉いて紙にしているとのこと。

白い紙を黒く染めるのではなく、黒い布切れを原材料にしているとは、驚きであった。どうやら徹底したリサ

イクルを実践している製紙工房らしい。

 

右下の写真は、漉いた紙を吊るして乾燥させているところ。まるで昆布でも干しているような光景だ。

(写真提供・ターラー・ブックス)

 絶妙なシルクスクリーン印刷

 

 こうして出来上がった黒い紙に、シルクスクリーン印刷で刷るのだが、ところで、元になる原画はどういう

もので、どのようにして印刷用の版が作られるのだろう。

 

 『夜の木』はゴンド民族の3人の優れたアーティスト、ラム・シン・ウルヴェーティ、バッジュ・シャーム、

ドゥルガー・バーイーが、それぞれに別々の場面を描いている。誰がどの絵を描いているかは絵本の

最終ページ(見返し裏)のリストで確認していただきたい。

 

 このなかで、ウルヴェーティーとバーイーの場合は、原画はそもそもモノクロで描かれているそうだ。

それを元にシルクスクリーン用の版が作られているのだ。では色はどうやって決めるのか? 実は彼ら

は色をつけた絵を別に描いていて、その色になるべく近づけるように主に2~3色、場合によっては

4色の版に分けていくそうだ。

 

ただ、シャームだけは、最初から色のついた原画を描いているとのこと。それをスキャナーで一度

色分解した上で、シルク印刷用の版に分けていく。その際に、原画の色を再現するのにふさわしい色

を相談しながら決めていくのだそうだ。

 

 このような画家と出版社の緻密な共同作業は、お互いの強い信頼関係がなければ成立しない。

絵師と彫り師と刷り師、それを監修する版元との共同作業で出来上がった浮世絵を思わせる。

 

 つまり、この絵本の場合は、通常の絵本の原画に当たるものは存在しない。それぞれ刷り上がった

ページが版画作品なのだ。

 

 シルクスクリーン印刷のプロセスについての技術的な細かい説明はここでは省略するが、原画から

コンピュータで各色版用にモノクロのポジフィルムを出力し、その後はすべて手作業となる。露光し、

乳剤を水洗いして、版が完成。用紙をセットして特別に調合したインクを用いて1枚ずつ手で刷る。

見事な職人技だ。

 

 本の印刷は、通常、面付けした大きな紙に表裏印刷し、折り畳んで、とじて本にするのだが、

『夜の木』の場合は、1ページずつ、違った色のインクで刷る。1ページで使う色数は少ないが、ページ

ごとに違う色が使われる。それぞれの色が鮮やかでしかも深みがある。だからこそ、一冊の本として、

こんなにも美しいのだ。

 

 

 

製本も手作業

 

 そして、印刷された各ページを一冊分ずつ束ね、製本する。これも全て手作業である。平綴じという

製本方法で、まとめたページの端に千枚通しで一列に穴をあけ、そこに手で糸を通して綴じる。

さらに、表紙を糊で貼り (これも手作業だ!)、一冊の『夜の木』が完成する。

 

  南インドのチェンナイ郊外にある小さな工房で、職人たちが黙々と印刷、製本の作業に取り組んで

いる。彼らには上下関係はないそうだ。和気あいあいと共同生活を営みながら素晴らしい本を作り続け

ている共同体だ。フェアートレードである点も付け加えたい。

 

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 「夜の木」に導かれて その3

 

 前回、「夜の木」は枝を伸ばし、葉を繁らせつつあることに触れた(「夜の木」通信)。その後

「夜の木」に導かれて、さまざまな出会いがあり、これからも、まだまだ面白そうなことが続きそうだ。

 

 2015年には、いくつかのトーク・イベントへのお誘いをいただいた。まずは「印度百景」という阿佐ヶ谷

でのイベント。主催者のインドに対する情熱というかカレーに対する愛の深さに感動。ターラー・ブックス

の活動やらタムラ堂について話をさせていただいた。会場でのインド料理ユニットのマサラワーラーの

料理が実に美味しく、このユニークなイベントに参加できたことを喜んだ。会場の若い女性に握手を求め

られたのにはちょっと驚いた。(うれしい驚きではあったが!)

 

 次は、西荻窪の信愛書店でのトーク。これは、「『ひとり出版社』という働き方」(河出書房新社)という

興味深い本の編者の西山雅子さんの司会で、ゆめある舎の谷川恵さんとのトークであった。ゆめある舎

は「せんはうたう」という素晴らしい本を出版している注目すべき「ひとり出版社」だ。

 

 そして、荻窪のユニークなブックカフェ「6次元」でのトーク。ターラー・ブックスから絵本を出版した

髙橋香緒理さんとのトーク。河出書房新社の編集者、田中さんと竹下さん、それに6次元のナカムラ

さんも加わり、ターラー・ブックスの本づくりや本の可能性などについて話が弾んだ。ここでもいろいろな

出会いがあった。

 

 これらのトーク・イベントは、『夜の木』が品切れ中であったにもかかわらず、『夜の木』の話題で大いに

盛り上がり、重版が待たれていることを実感した。

 

 重版(5刷)が出来上がったら展示会をやりましょう、というお話もいただいた。吉祥寺のOUTBOUND

京都の誠光社、松江のアルトス・ブックストア、岡山のカフェドグラス…、嬉しいお誘いが続く。

 

 やはり「夜の木」は根を張り、枝を広げ、葉を繁らせ続けているようだ。ゆっくりと、しっかりと。  (M.T)                             

 

~~~ タムラ堂の出版物 ~~~

世界のはじまり 

シャーム/ヴォルフ 青木恵都 訳

29cm×29cm  上製本 24p 定価(本体3,600+税)

 『夜の木』を描いている三人の画家のひとりで、多くの読者を魅了し続けている現代ゴンド・アートの第一人者

バッジュ・シャームが、壮大なスケールで描き上げた画期的な絵本。私たちを深淵な神話的世界へいざなう。

水がほとばしり出て、大気が渦巻き、大地が生まれ、時が刻まれる。季節がめぐり、命が生まれ、芸術が誕生

する。そして死が…。しかし、終わりの後には新たな始まりがやって来る。

 『夜の木』と同様に、南インドの小さな工房にて、古布を原材料とした手漉きの紙に、シルクスクリーン印刷で

刷られ、さらに手作業による製本で、1冊ずつ丁寧に仕上げられている。手のぬくもりに包まれた、まるで工芸

品のような美しい絵本。南インドのターラー・ブックスから出版された Creation (2014) の日本語版。

 

             ☆☆☆☆☆☆

雪がふっている  好評発売中

レミー・シャーリップ さく/青木恵都 やく  

装丁・デザイン セキユリヲ  11cm×14cm  24ページ 

活版印刷 縫い合わせ手製本  定価(本体1,000円+税)

 

 この小さな本を開くと、何もない真っ白なページ。

 最初のページの下の方にこんな一行が。

   見てごらん 雪がふっている

 目をこらすと、なにも描かれていない白いページに、

 雪の降りしきる風景が…。

 手のひらに収まるほどの小さな白いページの中で、心がどこまでも広がっていく、そんな喜びを感じさせてくれる

特別な「絵本」。

 ニューヨーク生まれのアーティストで絵本作家の故レミー・シャーリップが友人の音楽家ジョン・ケージに捧げた

という伝説の絵本IT LOOKS LIKE SNOWが美しい日本語版として登場。

 *上記書籍のご注文はお近くの書店、もしくはタムラ堂へ

 *「夜の木」通信のバックナンバーNo.1No.3は、タムラ堂のホームページでお読みいただけます。